巻の四 残酷で淫靡な処刑
「凜。お主一体どこへ行くつもりだ?」
愛花を担いで森に入った凜を、呼び止める声がした。山猫の声だ。振り向くと山猫の後ろには手下も控えている。
「こんなことだろうと思っておったわ。」
愛花を肩から下ろして身構える凜。山猫は続けて呼びかけた。
「無駄だ! お主の腕でわしらに勝てると思うてか?」
「どうだ? 今すぐこの女を連れてすぐ戻れば、忘れてやっても良いのだぞ?
お前もそろそろ可愛がって欲しかったのだろう?」
「…うるさい! あたいは…もう決めたんだ! お前らの思い通りにはならない!
愛花ちゃんを…むざむざ殺させるもんか!」
「そうか…そんなにこのガキが気に入ったか…ならば死ねい!」
…と、同時に山猫に斬りかかった凜の身体は四方三方から甲州忍者の刀に貫かれていた。
どっと崩れ落ちた凜は、愛花に向かって何か一言二言呻くと、こときれた。
「いやあああああああああああ!!!!」
ようやく正気を取り戻した愛花は凜の亡骸を前に思わず叫んでいた。
その日。
再び捕らわれの身となった愛花は麓の村まで護送された。
愛花のいでたちは逃げ出した時のままで、手甲と脚絆を身につけただけの素っ裸。もちろん着物を着せないのはわざとである。 口中には、今度は甲州忍者達の汚れきったふんどしが目一杯詰め込まれ、ふくれて歪んだ顔を笑い者にされた。
愛花は山猫達が用意した竹を「井」の字形に組んだ輿に手足を括り付けられて運ばれてゆく。
男達に担がれたまま山道を下りる愛花の姿には、村に入るとたちまち百姓達が群がった。
こんな美しい女を見たことがないのだろう、百姓達は愛花の身体に荒々しく手を伸ばし、傷ついた女陰には何本も指が潜り込み、乳房を揉みしだいた。
傷口を広げられ、
苦痛に顔を歪める愛花。山猫はそれを見ても別段止める様子もなく、下卑た嘲りの笑みを漏らすのみであった。
うら若き女が恥ずかしい隠しどころも丸見えのあられもない姿で運ばれ、死にも勝る生き恥をさらすという行為自体が亡き兄の復讐であり、信玄公を討った憎い仇を捕らえた凱旋の行進でもあった。
そうして村に到着すると、公開処刑がいそぎ執り行われることとなった。
村の広場に立てられた二本の杭。その間で両手両足を大の字に固定された愛花。
痛々しい傷跡を残す裸身を隅々までさらす惨めな姿をにやにやしながら見つめる山猫。
山猫
は、好奇の目を向ける村人達の前で高らかに言い放った。
「皆の者、よーく聞け!
この小娘は信玄公の陣所に忍び込んで寝首をかこうとした不届き者!
今からこの女の身体中を切り刻み、じっくりと嬲り殺す! まずは乳房じゃ!」
そう言った山猫の刀が愛花の胸に迫った時、突然叫び声が上がった!
山猫が振り向くと、周囲にいた手下達が手裏剣をくらって口々にうめいているではないか!
「な、何奴?!」
叫ぶ山猫の前に、どこからともなく黒装束の男が現れた。その男は一瞬にして手下どもにとどめを刺すと、ゆっくりと近づいてきた。
「俺は服部半蔵よ。」
「なんだと? たわけたことを申すな!」
「それはお主自身の腕で確かめたらどうだ?」
半蔵(若林立夫)は目をむいて相手をにらみ、挑発する。
山猫の一撃! それを難なくかわすと、半蔵は山猫の肩口を切り裂いた。
「うぐっ…!」
持っていた刀がだらりと下がり、山猫は呻きながらしゃがみ込んだ。
半蔵は愛花の手足の縄を立ち切ると、どこから持ってきたのか愛花の愛刀とマントを手渡す。
無事な腕に刀を持ち替えた山猫が、立ち去ろうとする愛花に斬りかかった。
「愛花!斬れ!!」
半蔵は鋭く叫んだ。
次の瞬間、黒いマントがひらめいて愛花の白い裸身が宙に舞い、山猫の身体はどうと倒れた。
村人達は、一体何が起こったのか理解できないまま、去ってゆく半蔵と愛花を呆然と見送っていた…。
それから数刻のち。
山中の川で汚れきった身体を洗い清め、手当てを受けた愛花は、山道を行く半蔵の背に揺られている。
愛花は半蔵の手当てに対して従順で終始無言だった。大きく脚を広げて尻を持ち上げられ、著しい裂傷を負った女陰と菊門に焼酎を吹き付けられた時はさすがに苦悶の声を漏らしたが。
愛花の股間には真新しいさらし布が当てられ、包帯代わりのふんどしが締められている。
「愛花、わしは家康公の命を受け、ずっとお主を見張っておった。
お主がこれからも使命を果たすことのできる器かどうかを、見極めるためにな。」
「………………」
愛花は、何も答えなかった。
「戦乱の世はまだまだ続く。
凜のように不幸な娘はこれからも生まれ続けるであろう。
太平の世を築くため、家康様の許でお主のその腕を振るわぬか?」
半蔵の低く重い響きのある声に、愛花は小さく頷いた。
「やります。」
「こんな辛い哀しい思いをするのは私だけでたくさんだ…」
そう呟く愛花の目には、涙が浮かんでいた。
愛しい人々の面影を胸に抱き、おのれの剣を罪なき人のために使おうと誓った愛花の行く手には何が待っているのか?
それは誰にもわからない。(完) |